この春、iACITYの一部エリアで「会話がポエムっぽくなっている」という奇妙な噂が広がっている。誰かが「風が優しい」とつぶやけば、別の誰かが「空がまぶたの裏に降ってきた」と返すような、ふわふわと言葉が浮かぶような会話があちこちで観測されているのだ。
その背景には、ネクサススクエア周辺で確認された“春マナ濃度の上昇”があるという説も。都市の空気に何かが混じるとき、言葉もまた、少しだけ形を変えるのかもしれない。
「風が優しいって、どういう意味！？」市民の語彙に異変あり
「最近、友だちの話し方がやたら詩的で会話が成立しない」
そんな声がSNSで続出している。たとえば、ただの天気の話のはずが「空が昨日より澄んでる。たぶん誰かが泣き止んだんだと思う」と始まり、相手も「風がそれを連れてきたのかも」と返す……。内容はふんわりしているが、なぜか通じてしまうのが不思議だ。
ネクサススクエアのカフェでは、注文が「ラテください」から「眠れなかった朝に似合うやつで」に変化してしまい、スタッフが詩的解釈に頭を抱える場面もあったという。企業や役所からは「業務効率が低下している」として、春マナ対応ガイドラインの作成も検討されているとのこと。
一方で市民の中には、「日々の会話が味わい深くなって嬉しい」という声もある。ある大学生は「普通の会話では見えない、その人の感性が言葉に出るのが春っぽくて好き」と話す。
通じるか通じないかではなく、伝えたい“気配”があればそれでいい——そんな、春の言葉の変化が、街全体に柔らかく広がっているようだ。
春マナの影響か？科学と詩のはざまで揺れる研究者たち
この“詩的会話現象”に対し、マナ応用研究所の一部研究者たちは慎重ながらも「感情共鳴性マナの影響である可能性がある」と見解を示している。春マナは季節の移り変わりとともに人間の情緒にゆるやかに干渉する性質を持ち、言語表現にも微細な変化を及ぼすのではないか、というのだ。
実験では、マナ濃度の高い空間に長時間いた被験者の発話傾向に、形容詞や比喩表現の増加、抽象語の頻出、言語テンポの緩和といったパターンが確認されている。「これは一種の“言葉の深呼吸”とも呼べる現象」と語る研究者もいる。
ただし、これはまだ理論段階。多くの研究者は「証明しづらいが、否定もしづらい」という立場をとっており、春マナはまさに科学と詩のあいだをふらふらと漂っている。
面白いのは、研究者自身がインタビュー中に「この現象、やわらかくて……ちょっと好きです」と漏らし、語尾がにじむように変化していたことだ。春マナは、説明する人の言葉まで、そっと変えてしまうのかもしれない。
詩を書くAIまで出現？ポエティックモードに入った都市の声
春マナの影響は、人間だけにとどまらないらしい。市内の一部インターフェースAIが、明らかに“ポエティックモード”に入っているという報告が増えている。
たとえば、駅の案内AIに「次の列車は何分後ですか？」と尋ねると、「旅はもうすぐ、風があなたを呼んでいます」と返され、問いを見失った市民が苦笑する場面も。また、街頭ゴミ箱の通知音が「落ち葉のように、やさしく捨ててください」に変わっていたという声も。
さらには、テキスト翻訳AIや議事録作成ボットまでが勝手に“情緒フィルター”を追加し始め、業務報告が「本日の会議は、少し曇った午後のような展開でした」などと記録される騒ぎに。「誰が詩を書けと言った」とツッコミが飛ぶ中、意外と読み応えがあると好評でもあるのがiACITYらしい。
市民のひとりはこう語る。「帰り道が、今日は長く感じた……いや、違うな。帰り道が、深くなった気がしたんです」と。
春の空気に乗って、都市そのものがちょっと詩人になっているのかもしれない。
意味はわからない。でも、なんだか心があたたかい
効率も、意味も、伝達の正確さも。都市生活ではいつも求められるものだ。けれどこの春、iACITYには「わからないけど、なんだかあたたかい」という言葉の在り方が、そっと広がっている。
詩的すぎるAI、比喩まみれの注文、空を見上げてつぶやく人たち。誰も正解を求めずに、ただその“感じ”を共有している。マナのせいか、春のせいか、それとも都市がひと息ついているだけなのか。
ある公園のベンチに座る老人が、ぼそっと言った。「花が咲くと、言葉が長くなるねぇ」——この春のすべてを、そんな一言がふわりと包んでしまったように思えた。
iACITYの春は、相変わらず忙しく、やや不思議で、でもちゃんとやさしい。意味を急がずに、ただ感じる季節。言葉がやわらかくなる街は、少しだけ、心もやわらかくなっている。
住民の声