深夜0時すぎ、アーカイブシティの中庭にふと現れる“光の図書館”。誰が設置したのか、いつから存在するのかは不明。ただ、そこを訪れた人は口を揃えて言う。「あの本を読んだ夜、夢の中で続きを見た」と——。
夜風に揺れるページ、誰もいないのに光だけが差す読書空間。そこに並ぶ本は、まるで読む者を選んで語りかけてくるような不思議な存在感を放っているという。
それは、都市が眠る頃にだけ立ち上がる“もうひとつの記憶の図書館”なのかもしれない。
その名は“ルーメン・ライブラリー”——光に包まれた無人の本棚たち
市民の間で“光の図書館”と呼ばれているその場所には、正式な名称も案内板もない。ただ、夜中にそこを訪れた者の一人が、書架の背表紙に小さく刻まれた文字を見つけたという——“Lumen Library”。ラテン語で「光」を意味するその言葉が、図書館の唯一の名札だった。
ルーメン・ライブラリーは建物の中にあるわけではない。アーカイブシティの奥まった中庭に、透明な素材で組まれた本棚が地面に沿って円を描くように設置されており、上空からはまるで“光の輪”のように見えるという。ページは風にゆれ、近づくとほんのりマナの匂いがする。
誰がいつ並べているのかはわからないが、訪れる人によって置かれている本が違って見えるという報告もある。物理的に本が変化しているわけではなく、見る人の記憶や感情に応じて“見える内容が変わる”らしい。
その場を写真に収めようとする人も多いが、記録映像にはなぜか何も写っておらず、その存在はいつも“個人的な現実”としてしか残らない。だからこそ、あの図書館は記録されず、語られ、信じる人の前だけに現れるのだろう。
本を読むと夢に現れる?——市民の証言が語る奇妙な一致
ルーメン・ライブラリーの最大の特徴は、そこにある本を読むと、その続きを“夢で見る”という体験を語る人が後を絶たないことだ。内容は不明瞭で、あいまいな記憶しか残っていないのに、なぜかその夜の夢の中で物語が続き、まるで本と夢がひとつのストーリーを構成しているように感じるという。
「夢の中で、本の中の登場人物に“続きを書いて”って言われた」「読んでいたページがそのまま夢の風景になって現れた」など、その体験は人によって異なるが、いずれも“続き”を夢の中で確かに感じたという点で共通している。
なかには、本の中に出てきた言葉を夢の中でメモし、翌朝それが実際に自分の机の上に残っていたという不可解な報告もある。図書館に通い続ける詩人の青年は、「あそこにある本は、“誰かの未完の夢”を受け取っている気がする」と語った。
紙をめくる音、夜の光、言葉の余韻。それらが静かに心に染み込み、夢というもうひとつの現実で息を吹き返す。ルーメン・ライブラリーでの読書は、ただ読むだけの行為ではなく、“記憶と無意識をつなぐ体験”なのかもしれない。
マナ干渉か、集団暗示か?研究者も首をかしげる夜の現象
この現象について、マナ現象の専門家たちも慎重な関心を寄せている。ルーメン・ライブラリーで起こる“読書と夢の接続”は、深層意識とマナが共鳴している可能性があると一部の研究者は指摘する。特に、夜間におけるマナ粒子の濃度変動と、リラックス状態にある人間の脳波との相関性に注目が集まっている。
「読書によって内面に描かれたイメージが、マナを媒介にして潜在意識に届くことで、夢として再現される可能性は理論上あり得る」と語るのは、意識研究を専門とするコグニタ区の博士。だが一方で、「あまりに主観的すぎる体験であるため、科学的に証明するのは非常に困難」とも述べている。
一部では、「これは都市全体が持つ記憶ネットワークによる精神的なバックアップ現象ではないか」という大胆な仮説もある。都市そのものが個人の記憶や夢を記録・再構成し、何らかの方法で“読み返させている”のではないか、というのだ。
あるいは単なる幻想なのか、都市伝説の類なのか。けれど、そうした議論のなかでも、確かに「見た」「読んだ」「夢で出会った」と語る人々の表情には、どこか揺るぎない確信のようなものがある。
証明はできない。でも、信じられている。それが、夜の図書館をさらに“本物らしく”しているのかもしれない。
都市が眠る頃、言葉たちは目を覚ます
iACITYが静まり返る深夜、誰もいない広場の片隅で、ページをめくる音だけが風に乗って聞こえてくる。誰がそこにいるわけでもない。けれど、本は開かれ、言葉たちは確かに語りかけてくる。それは、都市が眠っているあいだにだけ許された、小さなささやきのような時間だ。
ルーメン・ライブラリーは、記録に残らない。だがそこにある物語は、読む人の夢というかたちで記憶に残り続ける。それはあまりに曖昧で、不確かで、誰にも証明できないけれど、読む者の心の深い場所にそっと触れてくる。
読書とは、自分の中にない言葉を受け取ること。夢とは、自分さえ知らない景色に出会うこと。もしこの図書館が、そのふたつを橋渡しする場所だとしたら——そこに現れる本は、ただの紙ではなく、眠りの中で咲く“記憶の花”なのかもしれない。
そして今夜も、誰かがふと足を止め、光の中に佇む本棚を見つけるだろう。ページを開き、静かな夢の入り口に触れる。都市が目を閉じる頃、言葉たちはそっと、目を覚ます。
住民の声