新居は、中古とは思えないほど綺麗だった。白い外壁に、南向きの明るいリビング。部屋数も十分で、庭までついていた。
しかも、価格は相場よりもはるかに安い。まるで掘り出し物だった。
引っ越してきたばかりの若い夫婦は、この家をすっかり気に入り、どこか運命めいたものすら感じていた。
最初の数日は、穏やかに過ぎていった。
家具を揃え、カーテンを付け、少しずつ自分たちの家になっていく過程を、ふたりは楽しんでいた。
だが、ある朝のことだった。
廊下に、赤いクレヨンが一本、ぽつんと落ちていた。
夫婦に子どもはいない。家には、そんなものを使うような人間はいない。
「もしかして、前の住人の忘れ物か?」
最初はそう考えたが、それにしては妙だった。掃除の際には見なかったし、そこにあった場所も目立つ廊下の真ん中だった。
まるで、昨日落とされたような──そんな生々しさがあった。
数日後、また同じことが起きた。今度は階段の踊り場。さらに別の日には、寝室の入口。
赤いクレヨンは、どこからともなく、何度も現れた。
不安に駆られた夫婦は、家の中を詳しく調べ始めた。
そこで気づいたのは、図面と実際の構造が食い違っているという事実だった。
図面上には、あるはずの部屋が存在しない。壁に囲まれた空間が、家のどこにも見当たらなかった。
不審に思い、壁紙を剥がしてみると、そこには板で打ちつけられた扉が隠されていた。
何重にも釘で留められた扉。明らかに誰かが意図して隠した形跡。
恐怖と好奇心の入り混じった気持ちで、ふたりはそれを取り外し、中へと足を踏み入れた。
そして、息をのんだ。
そこは、赤く塗られた部屋だった。いや、赤いペンキではない。
赤いクレヨンだった。
壁一面に、床に、天井にびっしりとクレヨンで文字が書かれていた。
おとうさんおかあさんごめんなさいここからだしてごめんなさいだしてだしてだしてごめんなさいおとうさんおとうさんおかあさんごめんなさいここからだしてごめんなさいだしてだしてだしてごめんなさいおとうさん
夫婦は、言葉を失った。
赤いクレヨンが、またひとつ、足元に転がった。
住民の声