iACITYで暮らす人々は、2つの通貨を使い分けている。ひとつは、日々の買い物やサービスの支払いに使う紙幣「ルナ」。もうひとつは、仕事や社会貢献、そして日常の言動によって増減する信用スコア「ソル」だ。この2つは、都市の経済と社会を支える基盤として機能しているが、市民たちの間では徐々に「ソル」の存在に対する不安や違和感が広がりつつある。
ルナは使えばなくなるが、ソルは「見られ、測られ、評価される」性質を持つ。評価される社会で生きるということは、時に人間関係や自己表現をも制限する。若者の間では、「ルナがなくてもなんとかなる。でも、ソルを失ったら人生が詰む」と語られることもあるほどだ。
ルナはお金、ソルは評価——その違いと使われ方
iACITYの二重通貨システムは、単なる「お金の種類が2つある」だけではない。ルナとソルは、目的も性質もまったく異なる通貨だ。ルナは、旧来の紙幣に近く、商品やサービスの売買に使用される。買い物・飲食・交通・娯楽といった日常のあらゆる支払いは基本的にルナで完結する。
一方、ソルは「信用を数値化した社会的通貨」として設計されている。働き方、地域貢献、情報発信、マナー、さらにはオンラインでの発言内容までが記録され、その総合評価によってソルが上下する。単に「お金を持っているかどうか」ではなく、「どんな人物であるか」が数値化され、可視化される仕組みだ。
このため、ソルは就職・進学・住宅契約・医療優先度など、社会のあらゆるシーンで参照される。極端な話、ルナがあってもソルが低ければ家を借りられず、ルナがなくてもソルが高ければ信用で多くのことが可能になる。つまり、ルナが「持つ力」なら、ソルは「信頼される力」。この都市では両方が揃って初めて、真に豊かな生活が手に入るとされている。
ソル経済の裏側——操作、差別、そして格差
一見スマートに見えるソルの仕組みだが、その裏には深刻な問題も潜んでいる。最も顕著なのは、高ソル者と低ソル者の間に広がる“見えない格差”だ。表面上は平等な都市でも、ソルの数値ひとつで扱いが変わる。例えば、同じ能力を持つ人物でも、ソルの低さゆえに仕事の面接すら通らないケースがある。
恋愛や結婚ですら例外ではない。マッチングアプリではソルのスコアが初期フィルターになっており、「ソル500未満は表示されない設定」が一般的という。街の一部には「低ソル区域」と揶揄される場所も存在し、治安やサービスの質にまで影響が出始めている。これらはすべて、評価が経済と結びついた結果だ。
さらに問題視されているのが、ソルの不正操作だ。一部のハッカーは、ソルの改ざんや他人になりすます行為を請け負っており、裏市場では「ソルの貸し出し」という闇ビジネスまで存在すると言われている。また、過去の失言や失敗がソルに記録され、何年経っても評価に影響するケースもある。まさに「社会的リセット不可能社会」。
ソルはただの評価ではなく、その人の人生そのものを管理する“見えない鎖”になりつつあるのだ。
通貨の未来とは?ルナとソル、その先にあるもの
今、iACITYの一部では「ソルを捨てた暮らし」を選ぶ人々が現れ始めている。あえて評価されない場所で自給自足に近い生活を営み、ルナだけで静かに暮らす人々。彼らは「評価に縛られない自由」を選び、「見られない」ことに価値を見出している。
一方で、次世代型のソルとして、「共感性ソル」「分散型ソル」など、より柔軟で人間的な評価軸を取り入れようとする動きもある。中には、AIによる評価を廃止し、人の推薦や相互評価によってソルを構成する試みも進められているという。
ルナとソル、貨幣と信用。2つの通貨が複雑に絡み合うiACITYでは、物の価値だけでなく、人の価値までが数値で取引される。それは便利で効率的であると同時に、冷たく残酷な仕組みにもなり得る。
通貨とは何か?価値とは誰が決めるのか?
ルナとソルのその先にある新たな経済の形は、きっと私たち自身の生き方そのものに問いを投げかけてくる。
市民の声