転勤でこの町に来たのは春先のことだった。
勤め先の紹介で古い木造アパートを借りた。二階建てで四部屋だけのボロアパート。
俺の部屋は二階の一番端。
すぐ隣にも誰か住んでるらしくて、洗濯物が毎日干されてるのを見てた。ワンピースや小さなタオルが多かったから、若い女性じゃないかと勝手に想像していた。
でも、姿は一度も見たことがなかった。
声も聞こえない。
玄関前で何度か鉢合わせるかなと思って、わざと時間をずらしたりもしたけど、会えたためしがない。
それが、妙に気になっていた。
ある日、部屋の掃除をしていると壁に小さな穴を見つけた。
1センチくらいの、ごく小さなやつ。
最初は虫でも入ったかと思ったけど、中を覗いてみたら完全に向こうが見えた。
つまり──隣の部屋と繋がっていた。
覗き穴の向こうは、赤い壁だった。
塗装か布か、何かはよく分からないけど、とにかく赤い。照明のせいかもしれないけど、部屋全体が赤い光に包まれているように見えた。
誰もいなかった。家具もよく見えなかった。
ただ、赤いだけだった。
罪悪感はあった。でも、誰かを覗いてるっていう背徳感がそのまま癖になった。
俺はそれから毎晩その穴を覗くようになった。風呂上がりとか、寝る前とか、ふとしたときに。
不思議といつ覗いても部屋は赤かった。照明をつけっぱなしなのか?誰もいないのか?
──何度見ても人の気配はなかった。
後日、気になったからアパートの大家に聞いてみた。
「あの、隣の子ってどんな人なんですか?」
そしたら、大家は少し考えるような仕草をして
「あぁ、その部屋の人ですか」
「彼女は病気でね、目が真っ赤なんですよ」
住民の声