「こんにちは〜」
アイリスが戸口をくぐると、店内には色とりどりのポーション瓶が整然と並び、果実や薬草、そして不思議な香辛料が混じりあう複雑な香りが漂っていた。
「あら。いらっしゃい、アイリス」
カウンターに座っていたのは、長い金髪を揺らす一人のエルフの女性。
彼女の名はリィナ。
清楚な白いワンピースに白い麦わら帽子を被っている。胸元は控えめだが、艶やかな美しさとしなやかな肢体は、思わず見惚れるほどの可憐さだ。
「こんにちはー、リィナ!」
アイリスが弾む声で挨拶を返すと、リィナは微笑みつつも少し首を傾げる。
「そんなに慌てて、どうしたの?」
「とってもお願いしたいことがあるの!」
その勢いにリィナはほんのり疑わしげな眼差しを向ける。
「また〜?」
「前みたいに惚れ薬を作ってくれとか、透明になる薬を作ってくれとかじゃないでしょうね?」
「言っておくけど、そんなものは作れませんからね!」
呆れ半分、苦笑混じりに言葉を投げるリィナ。その様子にアイリスは慌てて手を振る。
「違う違う!ねぇ、これ見て!」
そう言うと、アイリスは手に持った依頼書を勢いよくリィナの前へ差し出した。
「あら、誓騎士団の依頼じゃない」
アイリスはすかさずリィナの手元を指さした。
「そこじゃなくて、ここ見て!」
リィナは素直に視線を下げる。
「解毒薬求む……」
「ちが〜う!ここっ!」
少し焦れたように、アイリスが身を乗り出す。リィナはいたずらっぽく続きを読み上げた。
「任務遂行のため解毒薬が……」
「ちが〜〜〜〜うっ!!ここっ!ここっ!!」
顔を真っ赤にして必死に訴えるアイリス。その姿にリィナの口元が緩む。
「うふふ。冗談よ、アイリス」
今度は本気で内容を読み返す。すると、リィナの瞳が一瞬大きく見開かれる。
「ポーション1個につき、20ラヴで買い取る……!?」
リィナの瞳孔が開き、驚きの色がはっきりと浮かんだ。アイリスは得意げにうなずく。
「ね、すごいでしょ!」
「確かに……これは美味しいわね」
アイリスは身振り手振りを交えて話し出す。
「ほら、騎士団もあちこちにあるじゃない?遠征したり、民を守ったり、探索したり──」
「それで不足しやすい解毒薬が必要になってるんだよ」
そう話をしながら店内をきょろきょろと見回すアイリス。視線の先には、整然と並んだカラフルなポーションと棚の奥に飾られた古びた薬草の標本があった。
「そうね。解毒薬は簡単な毒や痺れを治せるポーションだわ」
「でも、私のお店では解毒薬は作ってないの」
「え?」
リィナは少し肩をすくめて微笑む。
「材料が魔物のいる近くまで行かないと採れないし……」
「それに、私、そんな危ないところに行きたくないわ」
アイリスは説得するようにカウンターに身を乗り出した。
「大丈夫!私がついてるから!ね?一緒に行こ?」
「え〜」
困惑した表情がそのまま声ににじむ。だが、アイリスは真剣な眼差しで続けた。
「私を信じて!」
「え〜……」
「そうだ!」
アイリスは何か思いついたようにウエストポーチをごそごそと漁る。そして、手のひらサイズのガラス玉をひとつ取り出してリィナの前に差し出した。
「ねぇ、これ見て」
リィナは不思議そうにそのガラス玉を覗き込む。
「それは?」
「魔除け玉」
アイリスが自信たっぷりに胸を張る。リィナはしばらく黙ったままガラス玉を見つめ、静かに首を傾げる。
「……そんなポーション聞いたことないわ」
「どこでそんなもの手に入れたの?」
リィナの目がじっとアイリスを見つめる。その鋭さにアイリスは一瞬だけ口ごもる。
「ぐっ……」
疑いのこもったリィナの視線に、アイリスの顔が少しだけ引きつる。
「これは、なんというか……裏ルートで手に入れたというか……」
リィナはその答えを待っていたかのように、やれやれと優しく微笑んだ。
「そんなことだろうと思ったわ」
穏やかな風が店内を通り抜け、白いカーテンを静かに揺らした。
アイリスは、手のひらに乗せた魔除け玉を誇らしげに掲げながら話し始めた。
「ほら、私ってジャーナリストじゃない?」
「自称ね」
「ぐっ……」
アイリスが小さく肩を落とすと、すぐに言い訳のように続けた。
「ジャ、ジャーナリストはあちこちに出向くから、こういうのも持っておいたほうがいいかなぁと思って」
「いくらしたの?」
「50ラヴ……」
「本気で言ってるの?!」
リィナはやれやれと首を振り、ため息を漏らす。
「はぁ…アイリスったら……」
「高いから本当はあまり使いたくないんだけど、いざとなったら任せて!」
リィナはガラス玉を手に取り、じっと見つめる。
「本当に効果があるのかしら」
リィナがそうつぶやくと、アイリスは少し意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「もし効果がなかったら……孕む?」
「ぜぇっっったい、イヤっ!」
二人の声が重なり、店内に明るい笑い声が響いた。
市民の声